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作品が伝えたいこと、動かしたいもの

さて、今日は自分が20代で作っていた作品達をふと思い返した

コンセプトがないと今の現代美術はダメなんだと思い込み、ほぼ後付けでやってきた

ほぼ、と言うのは考えたあげく、でもこっちのほうが面白いと思った事をやってしまうし、そっちのほうがウケたからだ

 

 

コアなモチベーション

よくよく考えてみると、自分は他人に物事を伝えるのが凄く下手なんだと思う

他人の話はよく聞くし、中高では勉強はできたはず。なのに他人と喋る事が苦手だった

大人数で話すときは自分で会話が途切れるし、電話も会話が続かないので苦手だ。身振りがある対面の方がまだ楽だと思う。

それは、今でも苦手分野で、営業なのに口が回らない。後で思い返すとどんどん言葉が浮かんでくる

苦手だからチャレンジしている分野ではあるのだが、悔しい思いがたくさんある

 

初めてのモチベーションは「承認」

 

大学生の頃から作品を発表してきて、初めのモチベーションはなんだったのかと思い出した

はじめは、小学生の時たまたま描いたマリオブラザーズヨッシーが上手くかけててほしい!ほしい!となった事だ。その後もドラゴンボールのキャラクターとかも人気だった

普段は話さない友達に話かけられた

図工も技術も家庭科も得意でとにかく器用だった、テストや体育が苦手な自分のはじめての「承認」だったのかもしれない

裁縫においては作業が早すぎて先生に、親がやったと疑われ、ショックすぎて今でも当時を覚えている。

 

作品のコアな部分

 

高校生の時に、リストラされるサラリーマンがテレビで大量に流れていて、そんなのになりたくないし、どうせならと美術をやりたくなった。ホントは服をデザインしたかったが美術部で絵を描いてるうちに美術をやりたくなった

そして大学生の頃、絵を公募展に出品してボロボロの結果だった。これではダメだと若い人の出てる村上隆さんがチアマンのGEISAIに出展して数々の賞をもらった

その時の作品は刺繍作品だった

公募展に出してる頃は、絵を描く事と普段の生活との振り幅がすごかったので、絵ではなく手芸を表現手段にしてみたのだ

 

なんで刺繍がしっくりきたかはわからない。絵の具の勝手のタレやスレ。また筆を固めるヤツはきらいだったというのもある

続けていくうちに、モチーフが人の顔から口になった。

顔の時は「表と裏」「本音と建前」「自分の役割」というのをテーマに作ってきた

刺繍とは薄い膜を糸が行ったり来たりしてできるものである

そこには表も裏もなくどっちがホントかもわからない

口にモチーフが移った時は本音と建前の他に「思いと言葉」「怒りと祈り」という声に出す出さないという、内と外の関係もみえてきた

 

伝えたい

 

こうやって振り返ってみたら、自分は言葉で何かを伝えたかったのではないかと思う

このモチベーションが今まで隠れていたのにも驚きだし

だからこのブログを始めたのかもしれないし

ホントに人に伝える事が上手くなりたい

 

 

 

 

 

 

 

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